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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)72号 判決 1979年4月24日

原告

シルバー精工株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和53年3月7日、同庁昭和52年審判第6923号事件についてした審決を取消する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和38年6月13日、名称を「編機に於ける選針カム装置」とする発明につき特許出願をし(以下「原出願」という)、昭和47年5月25日出願公告されたが、、同年9月22日、原出願を分割して、称を「手編機」とする発明につき特許出願をした(以下「本願」という)。ところが、昭和52年3月30日、拒絶査定を受けたので、これに対する審判を請求し、昭和52年審判第6923号事件として審理されたが、昭和53年3月7日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年4月22日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨および原出願の発明の要旨

後記審決の理由で認定されているとおりである。

3  審決の理由

(1)  本願発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「編針がニツテイングカムの作用を受けて旧ループのフック潜脱を生じさせる前の位置から後方にあるときはすべての編針の下面に係合して編針の下降を防止する針載部と、編針が前記の位置より前方位置にあるときには下降し得るようにされていることによりなる手編機」

本願は、次の理由により、特許法44条(昭和45年法律第91号による改正前のもの)の要件を満たしておらず、出願日の遡及を認めることができないものである。

(2)  そこで、本願の出願日の遡及に関して検討した結果は次のとおりである。

本願の原出願の発明の要旨は、その明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「溝板に上下方向にも可動し得る如く列装された編針を選択的に支持して編針のバットに高低を生じさせるべき選択支持部体と、溝板を摺動するキャリジに上下方向には固定されていてこれに接する編針バットに下降力を生じさせて選択支持部体に支持されている編針のバットはこれに沿って前進し、選択支持部体に支持されていない編針のバットはこの下面を通過するようにした傾斜面を備えた選針カムとを備えた編機に於ける選針カム装置。」

そして、本願の発明と原出願の発明とを比較してみると、本願の発明は、原出願の発明に関して、編針がニッテイングカムの作用を受けて旧ループのフック潜脱を生じさせる前の位置から後方にあるときはすべての編針の下面に係合して編針の下降を防止する針載部と、編針が前記の位置より前方位置にあるときには下降し得るようにされている点を付加し、選択支持部体及び選針カムに関する点を削ったものに相当する。

そこでまず、特許法44条1項の分割出願の要件について考えてみると、もともと出願の分割とは、一発明1出願の原則に違反している出願、併合要件をも満たしていたい出願であっても、発明は保護すべきものとする特許制度本来のたてまえから、それを救済することにある。このことからすれば、分割出願は、原出願において特許を受けようとする発明を対象となされるべきものであり、また特許法38条本文の「発明」は特許法36条4項及び5項の規定により、「特許請求の範囲に記載された事項によって特定される発明」であると解されることを考慮すると、出願の分割をする対象となる発明は、特許請求の範囲に記載された事項によって特定される発明、すなわち、原出願に係る発明であるといえる。そして、特許請求の範囲に記載されていない(発明の詳細な説明の項や図面などに記載されている)発明(先行技術も含む)は特許を受けようとする発明すなわち、出願に係る発明とは言えないものである。

実務において、原出願中に、特許請求の範囲記載の発明以外の発明について特許を受ける可能性があることを発見したときは、まず特許法38条、同法36条6項(昭和34年法律第122号)の規定により併合出願とすることによりこの要件は満たされる。これは出願公告すべき旨の決定の謄本の送達前には明細書の要旨を変更しない範囲で手続補正書を提出することにより可能である。(特許法41条)

しかも、出願の分割は原出願の1部を新たな特許出願とするものであるから、新たな特許出願に移行した1部は原出願から当然除かれる、すなわち、削除することが必要であり、これは分割出願と同時に原出願について移行した1部を削除する旨の手続補正書を提出することによりなされるべきものである。

(特許法施行規則30条)

現実の運用では、特許出願において出願公告すべき旨の決定の謄本の送達前にあっては、特許請求の範囲以外の個所に記載されていた発明についての出願の分割を直接認めているのは、これらの手続補正書の提出手続を省略したものとして取り扱っているからに外ならない(仮りにこれらの手続補正表を提出しなければならないとすれば併合出願をすると同時に削除するという実務上意味のない行為を強いられることになる)。

これに対して、出願公告すべき旨の決定の謄本の送達があった後には、前記と事情を異にし、特許法64条に規定する制限を受け、特許請求の範囲以外の個所に記載されていた発明を、特許請求の範囲に記載する補正は不可能である。したがって、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があった後の出願の分割は、その分割出願に係る発明が、分割出願時に、原出願の特許請求の範囲に記載されており、しかも、その発明を分割出願と同時に、原出願の特許請求の範囲から削除した場合でない限り、適法なものということはできない。

本願は、原出願について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があった後に分割出願されたものであるが、前記のことから、本願の発明が、原出願の特許請求の範囲に記載された発明つまり、原出願に係る発明ではなく、また特許法64条の規定による補正の制限を受けるために、原出願を本願のように分割出願できる形にその発明を補正することもできない(たとえ実際の手続きを省略するとしても)ので、本願は、特許法44条1項に規定する前記要件をみたしていないものであり、本願に関する同条2項に規定する出願日の遡及は認めることはできない。

(3)  したがって、本願は昭和47年9月22日に出願したものであるから昭和45年法律第91号により改正された特許法が本願に適用されるべきである。

そして、この法律によれば特許出願の審査はその特許出願についての出願審査の請求をまって行なう(特許法48条の2)と規定されており、本願の審査はこの出願審査の請求なくして行なわれて拒絶査定され審査請求に及んだものである。

しかし、本件のごとく既に審査が行なわれて拒絶査定されている状態では、審査はすでに終了しているものとみるべきであるから、あらためて出願審査を始めるため出願審査の請求手続を出願人に要求するのは意味がない。

したがって、現に審査の終了した本件にあっては審理の結果前記改正法が適用されるものであり、原審において出願審査の請求手続がなされていなくても当審において進んで本案につき審理するのが妥当と考えられる。

(4)  それで、審理するに、前記のように、本願は、昭和47年9月22日に出願されたものであり、その発明が、本願の出願前に頒布された原出願の公報、特公昭47-18063号公報に(公告日昭和47年5月25日)記載された発明と同1であるから、特許法29条1項3号に規定する発明に該当し、特許を受けることができない。

よって結論のとおり審決する。

4  本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明には記載されている。

第3争点

1  原告の主張(審決を取消すべき事由)

審決は、原出願の出願公告決定後の分割出願である本願発明が原出願の特許請求の範囲に記載されていないことを根拠として、本願について出願日の遡及を認めない。

しかしながら法44条1項の「2以上の発明」とは、出願公告決定の前後を問わず、もとの出願の特許請求の範囲に記載されている発明だけではなく、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明をも含むと解すべきである。

本件においてこの点を見ると、原出願の出願公告決定後の分割出願にかかる本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明には記載されているから、本願は分割出願の要件を満たしている。したがって、本願発明が原出願の特許請求の範囲に記載されていないことを根拠として本願につき分割出願の要件を満たさないとした審決は誤りであり違法である。

2  被告の答弁

被告の主張は、審決理由のとおりであるが、次のとおりふえんする。

(1)  特許法において、「出願に係る発明」は、特許請求の範囲に記載されている発明のみを意味し、発明の詳細な説明および図面にのみ記載された発明は含まないと解されることは、「出願に係る発明」が、特許審査の範囲や特許権等、法が出願人に認める権利の外延を面する重要な機能を有するものであり、出願の当初から明確に特定されていなければならず、その概念が特許手続を通じ統一的に把握されなければならないことからの当然の帰結である(法36条2項、40条、41条、42条、52条1項、64条1項、70条等参照)。したがって、法44条1項の「2以上の発明を包含する特許出願」の「発明」も、上記の意味における特許請求の範囲に記載されている発明と解すべきである。

(2)  特許制度の趣旨は、新技術の公開の代償として独占権を付与するものであるが、出願公告決定後は、特許請求の範囲は対世的に固まったものとなるので、特許請求の範囲に記載しなかった発明については、特許請求権を放棄したものと解すべきである。

(3)  もし、特許請求の範囲に記載されていないが、発明の詳細な説明または図面にのみ記載されている発明を出願公告決定後も分割出願できるとすれば、上記発明を実施していた第3者は、権利侵害に問われることになる。そうとすれば、第3者は、もとの出願の終局的処分がなされるまでは、上記発明について分割出願され、特許権が発生する可能性があるために自由に実施できないことになり、仮保護の権利がないにもかかわらず、あるいは、分割出願が結局なされなかったときは仮保護の権利が生ずる余地がないにもかかわらず、仮保護の権利に似た差し止めの効力を生じて第3者に過大の不利益を与えることになる。

またこのような事態を許容すると、出願公告決定後に特許請求の範囲を拡張、変更する補正を禁じている法64条1項の規定を形骸化することになる。

第4当裁判所の判断

1  審決は、原出願の出願公告決定謄本の送達後(以下単に「出願公告決定後」という)の分割出願である本願発明が、原出願の特許請求の範囲に記載されていないことを根拠として、本願について法44条1項の分割要件を満さないとし、出願日の遡及を認めない。

ところで、本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明には記載されていることは当事者間に争いがないから、このような分割出願が適法かどうかが本件の争点である。以下この問題を検討する。

(1)  特許出願にかかる発明が何であるかは明細書の特許請求の範囲の記載にもとづいて認定すべきことは法36条5項、70条により明らかであるから、発明の詳細な説明および図面に記載された事項は、特許請求の範囲に記載された事項の意味内容を理解するため参照されるべきものに過ぎず、それ自体出願の発明に当るとみるべきでないことは多言を要しない。しかも、持許法の条文中には、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」(法41条)、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明又は考案」(法29条の2。なお本条は昭和45年法律第91号により新設されたもので原出願には適用がないが、ここでは適用の有無は問題ではない。)のような表現をとり、明細書または図面に記載された事項を指すことを明示しているものもあるので、法44条1項においてこのような表現がとられていないところからすると、法44条1項により分割出願の対象となりうる発明も、原出願の特許請求の範囲に記載されたものに限られるように見えないでもない。

しかしながら、他方、特許請求の範囲に記載された発明についても、そのことを特に表現する必要のある場合は、「特許請求の範囲に記載される1の発明」(法38条但書)、「一発明(特許請求の範囲に記載された一発明をいう。)」(法107条の表の中)、「特許請求の範囲に記載された2以上の発明」(法123条1項)、「特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明」(法126条3項)、「特許請求の範囲に記載された2以上の発明」(法185条)のような明確な表現を用いているところもあり、このことからいえば、法41条や29条の2に前記のような文言が用いられているのも特にその旨明確に表現する必要があつたためとも考えられ、法44条において上記のような明確な表現を用いていないからといつて、直ちに、明細書または図面に記載された発明を分割出願の対象から除外すべきであると解すべきことにはならない。かえつて、同条が大正10年法以来の「2以上の発明を包含する特許出願」という独特の表現を用いていることは、原出願の特許請求の範囲に記載された発明だけでなく、発明の詳細な説明または図面に記載された発明をも分割出願の対象となるとの解釈を文理上容れる余地があるといいうる。なお、発明の詳細な説明および図面の記載内容には特許請求の範囲において特定した発明以外の他の発明が記載されていることがありうることを法が予想していることは、前記法29条の2の文言からも明らかである。

したがつて、前記問題点についての解釈は、特許法の条文の用語例を検討しただけではいずれとも決し難く、結局分割出願の制度の趣旨にもとづき、他の規定との関係をも検討して決すべきである。

(2)  そこで、特許制度の本旨に照らし、分割出願の対象となりうる発明の範囲について考えてみる。

特許制度の本旨は、発明公開の代償として、発明者にその独占権を付与する点にあると考えられるから、特許請求の範囲に含まれる発明のみならず、これと同様公開された、発明の詳細な説明または図面記載の発明も分割出願の対象となりうると解するのが法の趣旨に合する(東京高裁昭和53年5月2日判決・判例タイムズ364号269頁、同昭和53年6月28日判決・同誌371号166頁参照)。

そして、法44条には「1.特許出願人は、2以上の発明を包含する特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる。2.前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後はすることができない。」と規定しているだけで、その「発明」を原出願の特許請求の範囲に記載されているものに限定する規定はないし、また出願公告決定の前後によつて取扱いを異にする定めもない(後の点は補正の場合と異るが、この点は後記(4)で更に検討する。)。

そうすると、分割出願は、その制度の本質から、原出願の特許請求の範囲に記載されている発明についてだけ(例えば併合出願を分割しようとするとき、または誤つて2発明を1発明として出願したとき)許されるのではなくて、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明についても許され、このことは出願公告決定の前後を通じて変わらないと解するのが相当である。

(3)  なお、特許法44条の規定は、実用新案法にも準用されている(同法9条)が、実用新案法には特許法38条のような併合出願の制度は設けられていないので、分割出願の対象となしうる発明を、もし審決のように限定的に解釈すると、実用新案法が特許法44条の規定を準用していることの意味の一半が失われることになる。前記(2)に述べた解釈をとることによつてのみ実用新案法の上記準用規定を合理的に説明できる。

(4)  そして、前記(2)のように解しても第3者に対し、不測の不利益を蒙らせることにはならないと考えられる。

この点に関し、被告は、明細書または図面の記載事項から、出願公告決定後も分割出願ができるとすれば、第3者に不測の不利益を与えることになり、出願公告決定後に特許請求の範囲を拡張変更する補正を禁じている法64条を形骸化する旨主張する。

しかし、補正は、単一の発明につき出願の内容自体を遡及的に変更するものであるから、出願公告後は第3者に対し不測の不利益を与えないよう特別の制限が必要となるが、分割出願の場合は、分割により原出願の明細書または図面の内容が必ずしも変更されるわけではなく、明細書または図面に記載された発明について、別個の新たな出願がなされ、これが審査され、更に新たに出願公告がなされ、出願公告がなされると、その時はじめて特許法52条所定の効果が発生するのであるから、分割出願の出願公告前に分割出願と同一発明を実施していた第3者がいたとしても、そのために特許権侵害を問われることはないのである。また、原出願がなされた後、分割出願前に、分割にかかる発明と同一発明につき特許出願した第3者が特許を受けることができなくなるという事態が生ずることが考えられるが、このような事態は、原出願の出願公告前に上記のような発明にかかる分割出願がなされ、それが後に公告される場合や、上記のような発明について当初から別個の出願がなされていたがそれが後に出願公告される場合などにも起りうるのであつて、原出願の出願公告後の分割出願に特有なことではない。ただ、分割出願に出願日遡及の利益が与えられるが、これは前記分割出願制度の趣旨から来るものである。

要するに、分割出願と補正とは、類似点があるにしても、前記のように趣旨および効果が異るから、補正の制限の規定から逆に分割出願をも限定的に解すべきものとはならず、また、審決のいうように、本件のような分割出願では、一旦原出願の特許請求の範囲の補正が必要であるとの前提で、補正不能の場合には分割出願もできないとの解釈をとることはできない。

したがつて、被告の上記主張も前記(2)に述べた解釈をとる妨げにはならない。

(5)  以上の次第で、分割出願の要件についての審決の解釈は誤りというほかなく、上記の誤つた解釈を前提として本願に出願日の遡及効を認めなかつた審決は違法として取消しを免れない。

2  よつて、本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴詳法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(小堀勇 小笠原昭夫 石井彦壽は転任のため署名押印できない。)

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